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最高裁判所第二小法廷 昭和25年(れ)1242号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を福岡高等裁判所に差戻す。

理由

弁護人木下郁の上告趣意第六点について。

原判決は被告人に対する判示犯罪事実を認定する証拠として原審公判廷における被告人の供述を引用している。そして右被告人の供述によれば同人は判示日時頃判示の犬を撲殺したことはあるが、それが他人の飼犬で判示山崎一夫の所有であったとは思われないと述べているだけであるが、同じく原判決の引用する被告人に対する司法警察官巡査部長並びに検察事務官の各聴取書によれば同人の供述として判示に各摘録したところと不可分一体のものとして判示の犬には鑑札がついていなかったとか、判示の犬は革製のような首環をはめていたが鑑札はつけていなかった、私は以前警察から鑑札のない犬は野犬と看做すということを聞いておりましたのでこれ迄犬に兎をとられた事に対する立腹もあって判示の犬を撲殺した旨の記載がある。以上被告人の各供述によれば被告人は本件犯行当時判示の犬が首環はつけていたが鑑札をつけていなかったところからそれが他人の飼犬ではあっても無主の犬と看做されるものであると信じてこれを撲殺するにいたった旨弁解していることが窺知できる。そして明治三四年五月一四日大分県令第二七号飼犬取締規則第一条には飼犬証票なく且つ飼主分明ならざる犬は無主犬と看做す旨の規定があるが同条は同令第七条の警察官吏又は町村長は獣疫其の他危害予防の為必要の時期に於て無主犬の撲殺を行う旨の規定との関係上設けられたに過ぎないものであって同規則においても私人が檀に前記無主犬と看做される犬を撲殺することを容認していたものではないが被告人の前記供述によれば同人は右警察規則等を誤解した結果鑑札をつけていない犬はたとい他人の飼犬であっても直ちに無主犬と看做されるものと誤信していたというのであるから、本件は被告人において右錯誤の結果判示の犬が他人所有に属する事実について認識を欠いていたものと認むべき場合であったかも知れない。されば原判決が被告人の判示の犬が他人の飼犬であることは判っていた旨の供述をもって直ちに被告人は判示の犬が他人の所有に属することを認識しており本件について犯意があったものと断定したことは結局刑法三八条一項の解釈適用を誤った結果犯意を認定するについて審理不尽の違法があるものとはいわざるを得ない。そして右の違法は事実の確定に影響を及ぼすべきものであるから原判決はその余の論旨について判断をまつまでもなく失当として、とうてい破棄を免れない。

よって刑訴施行法二条、旧刑訴四四七条、四四八条の二に従い主文のとおり判決する。

右は全裁判官一致の意見である。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山 茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)

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